アンゴラ旅行記

ライオンベラーの冒険  野生への道 1 往路編(by ライオンベラーさん)

アンゴラ
 野生動物の観察がしたくてケニヤに行ってきました。仕事の合間で十分な準備ができなかったので不安いっぱいの旅立ちでした。いったいどんな旅になるのでしょう。さあ、未知の大地、動物王国への旅の始まり、始まり 〜〜〜 ・・・ → → → ⇒ ⇒ ⇒ 

(8/13〜8/13)

【旅行時期】2006/08/26~2006/08/26
【エリア】マサイマラ国立保護区
【テーマ】大自然・動物
【投稿者】ライオンベラー

ジンバブエの旅・・旅いつまでも(by noriさん)

アンゴラ
ビクトリアの滝はナイヤガラの滝、イグアスの滝と並び世界三大瀑布の一つ。世界遺産にも登録されている。英国人のデビット・リビングストンにより1855年発見された。アンゴラの奥地に水源を持つ。ジンバブエとザンビアの国境線にもなっている。ビクトリアフォルズと呼ばれているが、現地名は「モシ・オヤ・ツンヤ」といわれ「雷鳴の轟く水煙」という意味である。その名の通り水煙が凄い!風の向きによっては遊歩道は夕立の土砂降りの中を歩いているくらいである。最大滝幅1,700m、落差108mの規模を誇る。私の感じでは南米のイグアスの滝には及ばない。見る順序を間違えないように・・

詳細は
  • http://yoshiokan.5.pro.tok2.com/

  • 旅いつまでも・・★画像 旅行記

    をご覧下さい。


    本文は 
  • http://yoshiokan.5.pro.tok2.com/nana/nori140nana.html

  • ジンバブエの旅をご覧下さい。

    【旅行時期】2003/06/07~2003/06/14
    【エリア】ジンバブエ
    【テーマ】大自然・動物
    【投稿者】nori

    ザイール 旧ザイールの旅 リンガラ音楽 講座その3(by marukunさん)

    アンゴラ



  • http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/




  • 暗い、陰惨な世情をよそにどこまでもどこまでも甘く、けだるく、そして優雅なリンガラ。 


    1997年、5月、32年間にわたり腐敗のかぎりを尽くしたモブツ政権が武装組織を結成したカビラにより追放され、新生コンゴ民主共和国が誕生した。 
    しかし、独裁という体制はカビラもモブツと何ら遜色なく、大統領のツチ系人軽視に反旗を翻したのがツチ系バニャムレンゲ族だ。
    1998年、再びコンゴ(旧ザイール)は内戦状態となった。
    カビラ政権をアンゴラ、ジンバブエ、ナミビアが支援し、反政府勢力をウガンダ、ルワンダが支援した。また、反政府勢力の背景にはブルンジの存在も指摘され、タンガニーカ湖を挟み国境を有するタンザニアは常に緊張状態だ。モブツが逃亡先で死亡したが、受け入れたのはモロッコだ。 
    紛争は「アフリカ大戦」という様相で、一時反政府勢力が首都キンシャサまで迫るが、政府軍が押し返し、コンゴ西部を政府軍が、そして北部と東部をそれぞれ3つの(!)反政府勢力が支配下に置き、常に拮抗した状態となった。
    そして、なかなかニュースソースに載らないことだが、アタシたちは目をそむけてはならないのがこの大戦の間、民衆同士の部族間による大量虐殺が幾度も繰り返されてきたことだ。
     国連、アフリカ統一機構、みかねた南アフリカのマンデラ大統領が奔走したが、事態はさらに深刻化、拡大化した。 
    1999年、ようやく紛争当事者による休戦調停が調印された。しかし、その協定は幾度となく破られ、人種差別を越えた人種差別という虐殺は今なお、コンゴの、あるいはコンゴの外でも、今日においてもどこかの森林地帯の村で繰り返し行われているはずだ。 不透明で出口の見当たらない状況のなか、こんどはカビラが大統領宮殿で、ボディーガードに撃たれて倒れるニュースが飛び込んできたのが、2001年冬のことだ。【2001年1月18日。コンゴ大統領カビラ暗殺?アフリカ大戦、再び混迷へ――――。】

    その記事が目に飛び込んできたのが、アタシが捻挫をおして、カメルーンへ向けて日本を飛びたつ3日前のことだった。アタシは、1998年ケニアで、はまりにはまったリンガラ音楽に浸りきる旅を渇望し、その矛先に定めたのがカメルーンだった。
    アタシたちを乗せたカメルン航空は、ちょうどパリでの親善試合を終えて凱旋するエムボマらカメルーン・ユニオン・サッカーチームも同乗していた。
    首都ドゥアラに夜間外出禁止令、及び厳戒態勢令が布告されたのは、アタシたちの飛行機がシャルル・ド・ゴール空港をドゥアラへ向けてまさに飛びたたたんとしていた時刻と同時刻であったことを、後に知った―――――。

    【旅行時期】2005/12/~2005/12/
    【エリア】キンシャサ
    【テーマ】歴史・文化・芸術
    【投稿者】marukun

    ナミビアからハロー!(by ZISAMAさん)

    アンゴラ
    ザンビア、ジンバブエ、ボツワナと巡って、以前から来たかったナミビアについに到着。

    さて、ここでも言語のことになるが、この国は英語(公用語)、アフリカーンス語、独語、その他部族語だそうである。
    ガイドにナミビアで「コンチハ」を何と言うのだと聞いたら、「俺は部族語を知らないからハロー!だな」と言われたので仕方なく「ハロー」とした。どなたか、部族語をご存知の方がいましたら教えて下さい。

    この国だけ歴史(?)の事を書くが、ナミビアは16年前の1990年 3月に南アから独立した新しい国。因に、最も新しい国は1993年5月24日に独立したエリトリア。

    またもや野生動物の居場所のことになってしまうが、この地にしか生息しない砂漠ゾウのいる、カオコランド(Kaoko Land)がある。
    その砂漠ゾウは東アフリカのものより個体は小さくて皮膚も砂の色のように白く、人慣れしていないために逃げ足も速いそうだ。
    カオコランドとはヘレロの言葉で「遠い地」を意味するそうだが、参考資料によるとナミビアの北西部のアンゴラの国境にかけての地域であるが地図には道路が明記されていないとのことだ。
    実際に走っても奥に行けば行くほどわだちさえ定かでなくなって、尖った石の平原のあとには丸い玉石が一面にあり涸れ川は岩と深い砂という、4WDさえもがローレンジでゆるゆると走る状態が続く場所だそうである。
    ワイルド極まりないところのようで、行きたい意欲が一層強まる。

    【旅行時期】2006/10/~2006/10/
    【エリア】ナミブ砂漠
    【テーマ】
    【投稿者】ZISAMA

    トルコ16日周遊 (13) アンカラ・サフランボール(by kaz-ykさん)

    アンゴラ
    午前8時乗車、アンカラ市内観光、昼食後220km走り、
    世界遺産のサフランボルへ
    写真;世界遺産のサフランボル旧市街
    アンカラ:1923年トルコの首都となる。
    当時の人口は、6万人、現在は、340万人、
    ローマ時代は、アンキラ、オスマントルコ時代は、アンゴラと云われていた。
    サフランボル:人口2,7万人の山間の町、
    14〜17世紀には、シルクロードの通過点で、最も栄えた

    【旅行時期】2006/10/12~2006/10/13
    【エリア】アンカラ
    【テーマ】
    【投稿者】kaz-yk

    アンゴラとは?

    アンゴラ共和国(-きょうわこく)、通称アンゴラはアフリカ南西部に位置する共和制の国。首都はルアンダ。ナミビア、ザンビア、コンゴ民主共和国、コンゴ共和国に隣接し、西は大西洋に面している。
    略名 アンゴラ
    日本語国名 アンゴラ共和国
    公式国名 República de Angola
    国旗画像 Flag_of_Angola.svg
    国章画像 Image:Angola coa.png 100px アンゴラの国章
    国章リンク (アンゴラの国章 国章)
    標語 Virtus Unita Fortior(ラテン語: 統一は強さを与える)
    位置画像 LocationAngola.png
    公用語 ポルトガル語
    首都 ルアンダ
    最大都市 ルアンダ
    元首等肩書 アンゴラの大統領一覧 大統領
    元首等氏名 ジョゼ・エドゥアルド・ドスサントス

    アンゴラの詳細