アンゴラ旅行記

Saotome Principe(by kmさん)

アンゴラ
ガボン・リーブルビルから空路往復

ガボン沖の旧ポルトガル領の島々。かつて奴隷貿易の中継地となっていて、旧ポ領アンゴラなどからこの地を経て大西洋を渡り同じくポルトガル領であったブラジルに大量の奴隷が運ばれていった。アンゴラとの民族的心理的つながりは太く、ルアンダ(アンゴラ首都)からは直行便もある。他にはリーブルビル(ガボン首都)としか結ばれていない不便な国なのに。郷土料理もブラジルのバイーア料理とそっくりなものがあるそうだ。

SaoTomeは英語風に言えばセントトーマス。ポルトガル語読みではサントメとなるはずだが、地元の人はなぜか「サオトメ」と呼んでいる。

しつこいようだが、旧ポルトガル領なので、他の旧ポ領アフリカの国々(アンゴラ・ギニアビサウ・カーボベルデ・モザンビーク)同様エッグタルトがある。機会があったら是非お試しを。

  • http://4travel.jp/traveler/km/profile/





  • 【旅行時期】2005/08/~2005/09/
    【エリア】サントメ・プリンシペ
    【テーマ】
    【投稿者】km

    EXCITING なアフリカン・フェスティバルに参加して(by tamegaiさん)

    アンゴラ
    最近毎年5月に東京日比谷公園で大々的な「アフリカン・フェスタ」が開催されています。毎回ものすごい人出で、歩きまわるのさえ大変です。
    このフェスタとともに、渋谷区にあるアンゴラ大使館では「アフリカ各国大使夫人によるフェスティバル」が行われています。こちらは20以上のアフリカ各国の大使夫人が中心となって、食べ物、飲み物、音楽、物産品等の紹介が行われます。
    友人に誘われて参加してみると、多くの人々のすごい熱気が感じられました。スパイシーな食べ物を食べたり、音楽を聞いたり、また紅茶やビールを味わい、1日をアフリカ気分で過ごすことができました。

    【旅行時期】2007/05/06~2007/05/06
    【エリア】その他東京23区
    【テーマ】歴史・文化・芸術
    【投稿者】tamegai

    『航空券の値段を調べながら、ケープタウン鉄道駅周辺とロングストリートを歩き回る』(by みどりのくつしたさん)

    アンゴラ
    1996年7月4日(1ランドは25円と考えます)。
    ヨハネスブルグから17時間半のバスで、午前8時半にケープタウンに到着。

    観光案内所のケリー(Kerry)嬢に「メトロポールホテル」を紹介してもらって、チェックイン。
    3階の17号室で、少し身体を休めて、昼過ぎに外へ出る。

    また観光案内所へ行って、ケリー嬢に会う。
    その理由の一つは、ケリー嬢がかわいかったので、また話をしたかったから。

    僕が今日やるべきことは、まず、ケープタウンからの航空券の値段を調べること。
    というのは、ナイロビからザンジバルへ飛んだあと、タンザニア、マラウィ、モザンビーク、ジンバブエ、南アと移動してきた。

    ケープタウンに着いてしまうと、これからどう移動するかが問題だったんだ。
    1996年のアフリカでは、アンゴラは危険、ザイールはとても危険、ナイジェリアは悪評だらけで、行きたくない。

    つまり、アフリカの西側を北上していく、という考えは取らない。
    セネガルを中心とした西アフリカは、以前からずーっと旅先として考えている。

    西アフリカへ入ってしまえば、モロッコまで北上して、スペインからヨーロッパへ入ることは簡単だ。
    それもこれも、結局は航空券の値段にかかっているわけだ。

    本格的な長期旅行者というものは、最初から旅行計画なんか立てない。
    その場その場で、何か面白い話が出てきたり、安い切符が見つかったりして、その通りに旅をする。

    自分の旅のルートを、自分で決めないからこそ、本物の旅行者なんだからね。
    本当の旅行者は、神に選ばれて、神に導かれている。

    だから、自分で細かく旅行計画を立てるなどという、神の意思に反する、大それたことをしてはいけないわけだ。
    というわけで、ケリー嬢に、旅行代理店を紹介してもらう。

    まあ僕は、ケリー嬢に紹介してもらった旅行代理店だからといって、そこを信用したりはしない。
    結局は、3軒ほど当たって、比較して決めるわけだけどね。

    まず、叩き台が必要なわけだ。
    彼女に教えてもらったPARKADE MALLにあるCLUB TRAVELへ行ったが、見つからなかった。

    ロングストリートを歩いていたら、「ATLAS TRAVEL」にぶつかったので、飛び込んで話を聞く。
    タニア(TANIA)嬢に相談する。

    1)エアーナミビアでウィントホックからロンドンへ7月12日、19日、26日に、ロンドンへのフライトがある。
    これは、出発がウィントホックだが、ケープタウンからのフライトも付いている。
    つまり、12日の前にウィントホックへ飛んで、そこからロンドンヒースロー空港へ飛ぶ。
    料金は往復切符しかなくて、2300ランド(57500円)。

    2)ヨハネスブルグからダカール(セネガル)への往復切符(3320ランド)。
    これに、ケープタウンからヨハネスブルグまでの376ランドがかかる。
    結局、ケープタウンからダカールまで8万円かかるわけだ。

    3)一気にロサンジェルスへ行くとすると、往復切符が6690ランド(17万円)で、これは高すぎる。

    4)東京までの往復切符(2か月有効)が、7670ランド(19万円)だという。
    これは、異常に高いが、言われたとおりのことを書いてます。

    僕は「ケープタウンから成田まで、片道切符で6万円ちょっとでした」というマグロ漁船員と、ケープタウンの空港で、直接会ってる。

    もっと安い切符もあるでしょう。
    ただ、この値段は、1996年7月に僕が飛び込みで値段を聞いた、最初の旅行代理店の話です。

    ロサンジェルスへ行くにしても、東京まで戻るにしても、ロンドンまで行って切符を買った方が安いだろうと、見当を付ける。

    ナミビア航空の切符だと、ウィントホックにストップオーバーできるところが魅力的だ。
    ストップオーバーを使って、観光するというのは、思いがけないオマケのようなものだからね(笑)。

    ビクトリアフォールズにいた時に調べてた、ビクトリアフォールズからウィントホックへの片道航空券が2348ジンバブエドルだった。
    つまり、短距離の片道切符が2万5千円もしていた。

    昨日乗ったヨハネスブルグからケープタウンへの長距離バスの値段が7500円だった。
    すると、ケープタウンからウィントホックへストップオーバーして、数日過ごして、それからロンドンへ飛ぶ往復切符が2300ランド(57500円)というのは、安いよね。

    これは往復のみの切符なので、復路は捨ててしまうわけだが。
    実は、アフリカ内のフライトは、かなり高いので、この値段は僕には魅力的だった。

    しかし、一軒目の旅行代理店を当たって値段を聞いただけでは、決定しない。
    別の旅行代理店にも当たってみようと考える。

    歩き出したら、突然、ものすごい雨が降ってきた。
    雨よけのために、ケープタウンの鉄道駅へ行った。

    駅のパブで、ビールを飲む。
    キャッスルビールの生が450mlで、4ランド(百円♪)。

    フィッシュアンドチップスが8ランド(2百円)。
    これは、ちょうどいい感じだったので、つまみにして、ビールを3杯飲んだ。

    雨が小降りになって、外へ出て、大きな地下街へ迷い込んだ。
    酒屋をのぞくと、ワインを見つける。

    南アフリカワインというのは、結構おいしいというので評判だ。
    値段をチェックすると、だいたい10から20ランド(5百円程度)だ。

    ZONNEBLOENという赤ワインを19.60ランドで買う。
    本屋へ行ってエッチ本を探したが、ヘアが出ている程度のPENTHOUSE(R14.50)しか見つからなかった。

    あと世界情勢を知るために、NEWSWEEK(JULY 8,1996/R9.90)を購入。
    ファーストフードでチキン(5 pieces)とチップスを買った(25ランド)。

    部屋へ戻って、チキンとワインを夕食にした。
    ただ、このチキンはまずかったね。

    世界中でとにかく、チキンだけはほとんどハズレはないんだけどねー。
    少し酔っ払って、今日の切符の値段を考えてみる。

    最初に聞いた航空券、ケープタウン〜ウィントホック〜ロンドンの往復切符が6万円弱だった。
    いままであちこちで調べたが、アフリカ内の航空券の値段は結構高いものだ。

    ケープタウンで最初に飛び込んだ旅行代理店で、最初に出てきた切符は、きっと神が僕のために用意してくれたものだろう。
    それを確認するためにも、明日はまた、別の旅行会社を当たるけれど。

  • http://homepage3.nifty.com/worldtraveller/africa/cape_town2.htm

  • 【旅行時期】1996/07/04~1996/07/04
    【エリア】ケープタウン
    【テーマ】世界一周
    【投稿者】みどりのくつした

    南部アフリカ バスの旅 トイレはサバンナ(by worldspanさん)

    アンゴラ
    ジンバブエきっての観光都市、ビクトリアフォールズから隣国ナミビアの首都ウイントフックへは、南アフリカのバス会社インターケープが約20時間かけて結んでいるが、ここではそれを紹介したい。

     ウィントフック行きのバスはビクトリアフォールズの郵便局前を10:30頃に出発する。乗客は私の様な個人観光客も多いが、出稼ぎ労働者の様に多くの荷物を抱えて乗り込む黒人も少なくない。同路線は南アフリカのインターケープ社の長距離バスなので、トイレも装備され、快適なのかと思っていたが、予想は見事に外れてしまった。ジンバブエのバスよりもシートピッチもバスも良かったが、バスは木枯らしに吹かれているのではないかと思うほど、冷房が寒いほど良く効きいていた。またインターケープのバスだからトイレは装備されているだろう、と勝手に想像を膨らませていたが、トイレがついていない。同じインターケープでもウイントフックと南アのケープタウンをやはり20時間くらいで結んでいるが、バスは2階建て、トイレも装備されている。ビクトリアフォールズ・ウィントフック線は幹線ではないから、手抜きをされたのだろうか。途中休憩は取られるのだろうが、トイレがないというのは案外プレッシャーに感じる。

     バスはビクトリアフォールズの郵便局前を出発し、幾つかのピックアップポイントで乗客を乗せながら進んで行き、一時間もしないうちに国境へと差し掛かった。ジンバブエはナミビアとザンベジ川により国境を隔てているが、互いに国の僅か先っぽ程しか隔てておらず、橋も架けられていない。その為バスはジンバブエからまずボツワナへと入る。

     ちょうどバスがインしたボツワナの地域は、ボツワナ・サファリのメインイベント、チョベ国立公園が広がっている。チョベ国立公園は南部アフリカでもかなり規模も大きく、多くの鳥獣が生息する事でも知られている。まさか国立公園内を走る事はないだろうな、とは思いつつも、そうあって欲しいと期待していたが、バスはボツワナに入国するとそのままチョベ国立公園の中を走った。

     国立公園に行くには個人旅行では現地のサファリツアーを利用しなければ、なかなか行きにくい場所だが、移動中のバスで公園を走ると言うのは大変お得だ。車窓からどんな鳥獣に出会うことができるのかワクワクしながら見ていたが、残念ながらバスは一時間も公園内を走る事なく、とりだてて鳥獣を見掛ける事もなく公園を抜けてしまった。

     ボツワナのチョベ国立公園を走り抜けるといよいよナミビアへと進路を向ける。バスは地図上でナミビアの細い回廊になった辺りから入国するのだが、その国境として隔てた沼地に架けられたンゴマブリッジを渡る。この沼地付近にはカバが生息していると乗客の一人が私に説明したが、警戒心の強いカバが我々の前に姿を見せる事はなかった。

     ンゴマブリッジを渡るといよいよナミビアへ入国する。ナミビアは1990年、南アフリカから独立した比較的新しい国だ。ナミビアに入国し30分程走りバスは休憩をとる。日本にもある様な大きなスーパーの前に停車し、トイレに行ったり、思い思いの食料を購入してバスに乗り込む。ナミビアではナミビアドルの他に南アフリカの通貨ランドも利用できるので便利が良いが、更にクレジットカードの利用も一般的。スーパーでもクレジットカードを利用できることが有り難い。スーパーでは惣菜ものやピザも販売されているので、夜食用のスナック菓子のほかに「バス弁」として惣菜物を選びながら買うことができる。また食料もさることながら、飲料水の補給も重要だ。乾燥した大地でエアコンをガンガンに効かせて走るので、車内では思った以上に水分を欲する。その為、飲料水だけは余分も考慮して購入した方が良い。とはいえ水分を補給すればトイレも近くなるので、バスが何時間ごとに休憩を取るのか計算しながら飲まなければならない。

     スーパーを出発すると、それ以降はガソリンスタンドに設置された規模の小さなコンビニがある程度、スナックやジュースのような飲料水は補給しようと思えばできるが品揃えは貧弱である。
     トイレ休憩は3〜4時間毎あるにはある。そのトイレ休憩の二度はバスを路肩に止めてのトイレ休憩だ。そう、トイレはこのアフリカの大地なのだ。バスを挟んで女性は右側の野原で、男性は左側の野原で用を足すが、木々の低いサバンナなのでハイデッカーのバスにいると、用を足している姿が丸見えだ。日本では考えられないが、国際バスのトイレ休憩はサバンナの大地とは、流石アフリカ!豪快だ。

     ナミビアに入るとバスは暫くの間、アンゴラとボツワナに挟まれた細い回廊を走る。バスの走る道の横の川がアンゴラとの国境になっており、直ぐ横にアンゴラが広がっていた。アンゴラは1975年にポルトガルから独立から2002年までほぼ絶え間なく内戦を繰り広げていた。バスの中からアンゴラを見ている限り、とりだてて内戦の傷跡が見えるわけでもなく、一昨年まで内戦をしていたのかと思うほど、平穏に見えた。但しあくまで垣根から隣の家を覗いただけなので実情は全く把握していない。

    バスは夜中も数回休憩を繰り返しながら向かい、ウイントフックに到着したのは未だ夜も明けぬ6時頃、市内中心のカラハリサンドホテル前に到着した。ナミビアは南部アフリカ諸国の中でもっとも治安の良い国とはいえ、バス停付近には乗客の殆どに出迎えの車が待っていた。一方私は、治安の問題もあるので、夜が明けるまでカラハリサンドホテルのロビーに止どまることを考えていたが、幸いバックパッカー宿として有名なカードボードボックスの客引きがいたので、彼に連れられ労せず宿にたどり着くことができた。約20時間にも及ぶバスの旅はこうして終焉を迎えたが、個人的にはバスの旅の中で最も楽しめたルートでもあった。是非ジンバブエ・ナミビア間を移動する人はこのバスを利用してみて欲しい。

    【旅行時期】2004/04/15~2004/04/30
    【エリア】ボツワナ
    【テーマ】歴史・文化・芸術
    【投稿者】worldspan

    ザイール 旧ザイールの旅 リンガラ音楽 講座その3(by marukunさん)

    アンゴラ
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  • http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/




  • 暗い、陰惨な世情をよそにどこまでもどこまでも甘く、けだるく、そして優雅なリンガラ。 


    1997年、5月、32年間にわたり腐敗のかぎりを尽くしたモブツ政権が武装組織を結成したカビラにより追放され、新生コンゴ民主共和国が誕生した。 
    しかし、独裁という体制はカビラもモブツと何ら遜色なく、大統領のツチ系人軽視に反旗を翻したのがツチ系バニャムレンゲ族だ。
    1998年、再びコンゴ(旧ザイール)は内戦状態となった。
    カビラ政権をアンゴラ、ジンバブエ、ナミビアが支援し、反政府勢力をウガンダ、ルワンダが支援した。また、反政府勢力の背景にはブルンジの存在も指摘され、タンガニーカ湖を挟み国境を有するタンザニアは常に緊張状態だ。モブツが逃亡先で死亡したが、受け入れたのはモロッコだ。 
    紛争は「アフリカ大戦」という様相で、一時反政府勢力が首都キンシャサまで迫るが、政府軍が押し返し、コンゴ西部を政府軍が、そして北部と東部をそれぞれ3つの(!)反政府勢力が支配下に置き、常に拮抗した状態となった。
    そして、なかなかニュースソースに載らないことだが、アタシたちは目をそむけてはならないのがこの大戦の間、民衆同士の部族間による大量虐殺が幾度も繰り返されてきたことだ。
     国連、アフリカ統一機構、みかねた南アフリカのマンデラ大統領が奔走したが、事態はさらに深刻化、拡大化した。 
    1999年、ようやく紛争当事者による休戦調停が調印された。しかし、その協定は幾度となく破られ、人種差別を越えた人種差別という虐殺は今なお、コンゴの、あるいはコンゴの外でも、今日においてもどこかの森林地帯の村で繰り返し行われているはずだ。 不透明で出口の見当たらない状況のなか、こんどはカビラが大統領宮殿で、ボディーガードに撃たれて倒れるニュースが飛び込んできたのが、2001年冬のことだ。【2001年1月18日。コンゴ大統領カビラ暗殺?アフリカ大戦、再び混迷へ――――。】

    その記事が目に飛び込んできたのが、アタシが捻挫をおして、カメルーンへ向けて日本を飛びたつ3日前のことだった。アタシは、1998年ケニアで、はまりにはまったリンガラ音楽に浸りきる旅を渇望し、その矛先に定めたのがカメルーンだった。
    アタシたちを乗せたカメルン航空は、ちょうどパリでの親善試合を終えて凱旋するエムボマらカメルーン・ユニオン・サッカーチームも同乗していた。
    首都ドゥアラに夜間外出禁止令、及び厳戒態勢令が布告されたのは、アタシたちの飛行機がシャルル・ド・ゴール空港をドゥアラへ向けてまさに飛びたたたんとしていた時刻と同時刻であったことを、後に知った―――――。

    【旅行時期】2005/12/~2005/12/
    【エリア】キンシャサ
    【テーマ】歴史・文化・芸術
    【投稿者】marukun

    アンゴラとは?

    アンゴラ共和国(-きょうわこく)、通称アンゴラはアフリカ南西部に位置する共和制の国。首都はルアンダ。ナミビア、ザンビア、コンゴ民主共和国、コンゴ共和国に隣接し、西は大西洋に面している。
    略名 アンゴラ
    日本語国名 アンゴラ共和国
    公式国名 República de Angola
    国旗画像 Flag_of_Angola.svg
    国章画像 Image:Angola coa.png 100px アンゴラの国章
    国章リンク (アンゴラの国章 国章)
    標語 Virtus Unita Fortior(ラテン語: 統一は強さを与える)
    位置画像 LocationAngola.png
    公用語 ポルトガル語
    首都 ルアンダ
    最大都市 ルアンダ
    元首等肩書 アンゴラの大統領一覧 大統領
    元首等氏名 ジョゼ・エドゥアルド・ドスサントス

    アンゴラの詳細